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固体分析技術

固体用のNMR分光法

核磁気共鳴(NMR)分光法を用いた固体材料の研究のための手法の急増によって、無機分子および生体分子の構造、カイネティクスおよび動力学のユニークな特性が明らかになってきています。材料科学者は固体NMRを用いて結晶性、非晶質および複合材料、ならびに液体または気体成分を含む懸濁液および混合試料の評価を行っています。

固体NMRの用途は、燃料電池の表面の電気化学的特性の研究から結晶性粉末の構造決定原油分画の分子構造の研究まで幅広く及びます。構造生物学では、固体NMRはin situin situでの材料の詳細な研究が可能であることから、X線結晶構造解析および溶液NMRでは不可能な解析が可能になります。生体膜内のタンパク質やアルツハイマー病のプラーク内のアミロイド線維などがその例です。

液体用のNMRと同様に、固体NMR分光法では、付近の電子および原子との相互作用による特定の原子核の磁気的挙動などのわずかな変化を捉えることによって分子の性質および構造を探索します。これらの相互作用の大半は「異方性」、すなわちベースライン磁場に対する分子の方向に依存します。液体では、ブラウン運動によって異方性効果が平均化されて0になり、高分解能NMRスペクトルが得られます。ゲル、結晶およびその他の固体材料中では分子の運動性が低下するので、スペクトル線が広がって分解能が低下します。特殊な固体NMR法はこの異方性の問題に対応しており、それを利用した方法さえあります。

マジック角回転

多くの固体NMR法では、データ収集中に試料の回転によって分子の自由回転に似た状態を作り出します。ベースライン磁場に対して特定の角度(マジック角)で十分に高速で回転させると、スペクトル線を狭くして分解能を向上させることができます。マジック角回転(MAS)では、核の双極子相互作用の異方性が平均化されて0になり、化学シフトの異方性は0ではない数値になります(核のカップリングおよび化学シフトの解析とそれによって解明される電子間および核間の相互作用については、「液体用のNMR分光法」をお読みください)。多軸上での回転や分極エネルギーの付加などの補助的操作は、四極子核(半分以上回転する核)およびその他の要素の相互作用における異方性の問題に対応するために役立ちます。

MASは多くの用途で溶液NMRの分解能に適合します。一般に、回転速度が速いほど分解能が向上し、新型の超高速回転NMRプローブは分解能を限界まで上昇させます。

Ultra-fast spinning NMR probe
超高速回転NMRプローブ

MAS実施の実践的側面は、このビデオチュートリアル:固体NMRにおけるMASローターの使用方法でおわかりいただけます。

スピン脱結合および再結合

MASと併用する場合が多いラジオ波(RF)エネルギーの高出力パルスは、「スピン脱結合(デカップリング)」と呼ばれる効果によって分解能を向上させます。溶液NMRについて述べたように、隣接する核は、角運動量および磁気モーメントの影響によって互いの磁気環境(核の「スピン」)に作用を及ぼします。たとえば、共有結合した水素原子はその結合によってスピン-スピン結合を生じます。

NMRで標的とする代表的な核(プロトンなど)のスピンは½または-½です。試料にRFエネルギーの適切なパルスを印加することによって、NMR実験では特定のタイプの核のスピン値が2つの状態間で急速に交替して平均スピンが0になります。これによって通常は現れるスピン結合が消失します。つまり、核スピンの脱結合が起こります。

溶液NMRデータでは、核スピン結合によって1本のスペクトル線が特徴的な形で多重化して有用な情報が得られます。固体NMR実験では、異方性相互作用によってバンドが拡大することから、これらの多重線(マルチプレット)が不鮮明になり単一の幅広のピークとして認められます。スピン脱結合によって多重線が消失し、ピークが狭くなって高分解能スペクトルが得られます。脱結合した核は、同一の要素(同種核脱結合)の場合と異なる要素(異種核脱結合)の場合があります。後者は13C NMR実験において重要です。

Multi-dimensional NMR techniques such as this proton correlation experiment combine magic-angle sample spinning and high-power decoupling pulses to reduce spectral line widths. Data shown: Proton DQ-CRAMPS correlation experiment on beta-Asp-Als, obtained with an Avance III 600. Double Quantum coherence was generated using a Post-C7 sequence. DUMBO sequences were applied for the homonuclear decoupling in both dimensions. Data courtesy of L.
このプロトン相関実験などの多次元NMR法は、マジック角試料回転と高出力脱結合パルスを組み合わせてスペクトル線の幅を縮小します。ここに示すのは、 Avance III 600によって得られたβ-Asp-Alsに関するプロトンDQ-CRAMPS相関実験のデータです。Post-C7シーケンスを用いて二量子コヒーレンスを生成しました。両次元で同種核脱結合のためにDUMBOシーケンスを印加しました。これは、L. 氏のご厚意により転載したデータです。

スピン結合による線の拡大から、有用な情報も得られます。スピン結合は距離に依存します。スピン再結合(リカップリング)実験によって固体材料(例:結晶格子)内の原子間距離を計算します。

固体NMR実験

溶液NMRと同様に、各タイプの固体NMR実験では特定の情報を得るために1つ以上の特有のパルスシーケンスを用います。多次元実験では、異なる核または異なる条件下での同じ核の研究のために複数のパルスシーケンスを用います。次元間の相関によって分子内の個々の原子が特定され、原子間の距離がどの程度近いかなどの補助的な情報も得られます。

基本的なNMRパルスシーケンスについては、「液体用のNMR分光法」をお読みください。シンプルな一次元溶液NMR実験の概要は、NMR 101をご参照ください。

従来は、固体NMR用の実験セットアップでは標的核の回転速度およびラジオ波出力を専門家が手計算する必要がありました。現在のNMRオペレーティングソフトウェアは、分光計、RFプローブおよび研究試料に必要なパラメータを自動的に計算し、すべての基本的なNMR実験プロトコールのセットアップをガイドします。装置の安定性、分解能および柔軟性も向上し、高度な実験のための高い磁場強度、高速MAS用の小さいローターサイズおよび先進的なパルスシーケンスが開発されました。

Multi-dimensional solid-state NMR experiments support protein backbone modeling by probing correlations between residues.
多次元固体NMR実験は、残基間の相関の評価によるタンパク質骨格モデリングをサポートします。

固体NMR実験の例を以下に示します:

  • 標準的な骨格の割り当てによるタンパク質構造の解明
  • 双極子再カップリングによる結晶構造内の原子間距離の計算
  • 構造生物学における多核多次元NMR研究(例:大型で硬質のタンパク質および固体内に常磁性中心を持つタンパク質の構造および機能の評価)
  • 先進的な方法による四極子核の研究
  • 代替核(alternate nuclei)および動的核偏極を用いた方法による医薬品の分子構造の研究

構造生物学への固体NMRの利用については、当社の無料ウェビナーをご覧ください:固体NMRのメリット