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EPR技術情報

EPRが解明した微生物のメタン生成機構

メタンを生成する微生物は(メタン生成)古細菌として知られていますが、地球の大気に含まれる全メタンのおよそ90%はこの微生物の活動によるものです。しかし、幾多の研究にもかかわらず、温室効果ガスとして二酸化炭素の何倍も強力なメタンを古細菌がどうやって生成するのか、その正確なメカニズムはまだ、完全には解明されていません。最近、ブルカーの電子常磁性共鳴(EPR)装置を用いてミシガン大学の研究者チームが出した結果は、25年も続くその議論に決着をつけるかもしれません。

未解決の反応式

古細菌によるメタン生成では、メチル補酵素M還元酵素(MCR)と呼ばれる酵素が重要な働きをします。この酵素の一番の特徴は、活性部位にニッケルイオンが存在することですが、それがどのように反応に寄与するのか、今日まで、研究者の間では意見の一致を見出せていません。

この酵素は、メタン生成経路の第一段階で、補酵素M(CH3-SCoM)と補酵素B(CoB-SH)という二つの基質に対して触媒作用を示し、ヘテロジスルフィド(CoM-S-S-CoB)と呼ばれる別の化合物とメタンに変換します。この反応ではCH3-SCoMのメチル基(CH3-)がCoB-SHから水素を引き抜くことでメタン(CH4)が生成されますが、その中間経路は、二通りが考えられます。

1) メチル―ニッケル中間体が形成される経路。この経路では、CH3-SCoMから脱離したメチル基は、酵素の活性部位にあるニッケルイオンと一時的に結合します。

2) メチルラジカル中間体が形成される経路。この経路では、SCoMが酵素の活性部位にあるニッケルイオンと一時的に結合し、メチル基はラジカルとして解離します。

上記二つの中間体は、EPR分光計で識別可能です。経路1で生成されるメチル―ニッケル中間体は不対電子を含むのに対し、経路2で生成される中間体はEPRでは検出できないからです。しかし、反応途中で生成される中間体は、すぐに次の反応に移ってしまい極めて短時間しか存在しないため、これまで同定されたことはありませんでした。その結果、いずれが正しい経路なのか、研究者が最終的に一致した結論に至ることはありませんでした。

スローモーション化して観察

ある研究者チームが、この障害を乗り越え、おそらくはこの議論を決着させることになる方法を見つけました。(研究の結果は『Science』に発表されています。)

ミシガン大学のスティーブン・ラグズデール率いるそのチームは、側鎖を短くしたCoB-SHを使って同じ反応を調べました。この工夫により、反応速度の低下が生じ、中間体を集めて観察することが可能になりました。

まず、研究者チームはEPRを使って反応の速さを調べました。これには、EPRで検出可能な活性MCR酵素の消滅速度とメタンの生成速度の比較を行い、二つの速度は実質的に等価であるという結果を得ました。これが、経路1よりも経路2を支持するひとつめの根拠です。

経路2では不安定なメチルラジカルが生成されますが、メチルラジカルは安定な分子になろうとするためほぼ瞬時に水素原子と反応します。これに対し経路1では、より安定なメチル―ニッケル錯体が形成され、メタンの生成にはもう一段階別の反応を必要とします。つまり、メタン生成は活性MCRの消滅よりも速度が遅くなるはずです。

しかしチームは、中間体について、さらに直接的な証拠を求めました。そのために、急速フリーズクエンチEPRと呼ばれる手法を使いました。これにより、反応開始後初めの1分間に多数の時点でデータを採取することが可能となり、その結果、活性なMCRから出るシグナルの強度が、メタン合成と同等の速度で減衰することがあきらかとなりました。一方、このとき、EPRで検出可能な、メチル―ニッケル錯体の形成に起因すると考えられる中間体が、同時に出現することはありませんでした。この中間体は経路1を想定した場合に生成が予想されるものです。その代わりに、EPRでは検出できない中間体の存在が、経路2を支持する明確な証拠となりました。

さらに、研究者チームは、同じサンプルから磁気円二色性で得られるスペクトルとコンピュータシミュレーションで得られるスペクトル、さらには実験的熱力学解析が、やはり経路2を強く支持することを示しました。この研究から得られた証拠は、明確に経路1を退けるものであり、メタン生成におけるMCRの仕組みに関して意見の一致を得るための第一歩となったに違いありません。

しかし、事は論争の終結などで終わるものではありません。EPRのおかげで得た発見は、人類のメタン合成の能力とメタンの使い方に大きな影響を与えることでしょう。研究者チームは、生物を模倣するという手法が、メタンを液体燃料に転換できるような新たな触媒の開発に道を拓くかもしれないと言います。天然ガスの埋蔵量が石油の埋蔵量をはるかに上回る速度で増加している現状を考えれば、これはエネルギーの持続可能性のために非常に重要です。そして、毎年発生する世界の温室効果ガスのおよそ20%の温暖化効果を持つという、人間が発生させているメタン源の有効利用の可能性を提供するものです。

参考資料

  • Chen S-L, Blomberg MRA & Siegbahn PEM. How Is Methane Formed and Oxidized Reversibly When Catalyzed by Ni-Containing Methyl-Coenzyme M Reductase? Chemistry – A European Journal 2012; 18: 6309-6315.
  • Lawton TJ, Rosenzweig AC. Methane – make it or break it. Science 2016; 352: 892-893.
  • Lunsford JH. Catalytic conversion of methane to more useful chemicals and fuels: a challenge for the 21st century. Catalysis Today 2000; 63: 165-174.
  • Scheller S, Goenrich M, Mayr S, et al. Intermediates in the Catalytic Cycle of Methyl Coenzyme M Reductase: Isotope Exchange is Consistent With Formation of a s-Alkane–Nickel Complex. Angewandte Chemie International Edition 2010; 49: 8112-8115.
  • Wongnate T, Sliwa D, Ginovska B, et al. The radical mechanism of biological methane synthesis by methylcoenzyme M reductase. Science 2016; 352: 953-958.

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