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医学・製薬

モバイル端末のガラス面の放射線被ばく量をESRスペクトルとして検出

「ESR信号(バックグラウンドおよび放射線誘発性)は、水や機械的負荷(破砕、切断)の影響を受けません。モバイル端末のガラスを用いた線量測定は、照射の18ヵ月後に放射線誘導信号(RIS)が減衰してもなお可能です。」

大量の電離放射線への曝露が人に与える影響には、線源との正確な位置関係によって大きな違いがあります。放射線被曝に対する治療には現在幾つかの選択肢があり、吸収線量に応じて最も適切な方法を選択しなければなりません。

適切な治療を一刻も早く開始するには、事故によって患者がどれだけの量の電離放射線を吸収したのかを迅速に調べる必要があります。回復の可能性を最大限に高めるためには、分析に適した検体を安全に採取し、解析結果を迅速に報告することが不可欠です。

電子スピン共鳴(ESR)法または電子常磁性共鳴(EPR)法は、ヒト組織における吸収線量の測定に用いられている効果的な手法です。通常は骨や歯のエナメル質といった、採取しにくい部位の組織を使用します。

より侵襲性の低い方法で採取可能な、例えば切った爪などの組織から得られるデータは、水や光に曝されたり機械的に切断されたりしたことによるバイアスを含んでいるからです。

そこで、もっと簡便な線量測定用のターゲットとして、多くの人々が身に付けていると思われる持ち物が検討されるようになりました。ESRはガラスの被曝線量を効果的に測定できることが既に確認されているので、腕時計の表面やモバイル端末のディスプレイが、線量測定にかける試料の有力な候補となっています。

ESRは電子スピンの励起を利用して、不対電子を持つ物質を非破壊的に分析します。その方式は核磁気共鳴(NMR)法によく似ています。これまでにも、放射線被曝のレトロスペクティブ評価(後ろ向き研究)に適したターゲットを探すため、ESRは様々な物質の評価に広く活用されてきました。

理想的なターゲットの条件とは、扱いやすく、一般の人々が普通に持ち歩くものであること、そして水や光、サンプル調製などの影響を受けずに、放射線が誘発するESRスペクトルの変化を明確に示せるということです。

モバイル端末が事実上全世界に普及している今日、一種の線量計の候補としてそれらに着目するのは当然のことと言えるでしょう。モバイル端末のガラスは、ESRスペクトルに放射線特異的な変化を生じさせることが分かっています。

最近のある研究では、各種ブランドのモバイル端末のディスプレイに加えて、強化ガラス製のディスプレイ保護フィルムについても、線量計としてのガラスの可能性が検討されました。そこではまず、異なるモバイル端末のガラスサンプルをLCD層から分離して、洗浄し、乳鉢ですり潰して0.3 mmから4 mmの小片にします。

破砕によるバックグラウンド信号への影響を確認する目的で、より大きい破片も幾つか計測されました。試料は照射後、BrukerのEMX 6/1 EPR分光計を用いて室温で分析されました。すべての測定には、内部標準試料としてBrukerのER 4119HS-2100マーカーを使用しています。

ESR信号の変化を基に被曝線量が算出され、それは水や機械的ストレスによる影響を受けません。また、照射から18ヵ月後にもなお、被曝線量の評価は可能でした。

モバイル端末のディスプレイのガラスは不慮の被爆時における線量測定に好適な検出材料になる、と著者らは結論付けています。ただし、異なる種類のガラスにおけるバックグラウンド信号の変動特性については、さらなる研究を通じて明らかにする必要があります。

参考文献:

Juniewicz M, et al. Time evolution of radiation‑induced EPR signals in different types of mobile phone screen glasses. Radiation and Environmental Biophysics 2019. DOI: 10.1007/s00411-019-00805-1