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2017年ENCで発表されたLaukien賞受賞者

エクスペリメンタルNMRカンファレンス(ENC)では、NMRの新たな応用の可能性を切り開く有望な最先端の研究を表彰するGunther Laukien賞が毎年授与されていれます。今年は、Kurt Zilm氏ならびにBernd Reif氏による1H検出マジック角回転(MAS)の実験法とその他多数の固体NMRの応用例と手法の先駆的自主開発という業績に対して授与されました。

陽子(1H)を検出する両氏の手法では、高い磁気回転比と天然依存度が採用された結果、13Cや15Nといった低g因子種を検出する方法よりもNMRスペクトル感度が大幅に高まっています。これまでは、1H-1H 双極子カップリングが強力でスペクトル線の幅が広がり、MASによってもカップリングが減衰しないことから、固体NMRにおいて1H を直接検出するのは実際的でないと長い間考えられてきました。そこでReif氏とZilm氏はこの問題に対処するために、完全重水素化マトリックスに希薄な1H を埋め込む実験をおこなったところ、1H-1H双極子幅の拡大が解消されて、生体分子NMRにおいて1H検出が重要な役割を担っていることを立証しました。この独創的な実験が最初に報告されたのは2003年のことで、そこから生体分子NMR力学の新たな時代が始まり、感度や分解能の向上により、構造決定能力が大幅に増強されました。その結果、1H検出法はMAS NMRに欠かせないツールとして急速に認知されるようになり、それをきっかけにMAS周波数を高める新たな装置や手法の開発が盛んにおこなわれるようになりました。また、回転周波数が高まった恩恵として、高分解能を観察するためにサンプルを完全重水素化する必要がなくなりました。今日、1H検出MAS実験は、固体NMRによるタンパク質研究をおこなう上で新たな標準的手法となりつつあります。wr/2p >100kHzという設定でおこなわれている最近の刺激的な研究開発は、Reif氏とZilm氏の革新的研究がベースになっています。

Bob Griffin氏(マサチューセッツ工科大学)によるLaukien賞受賞者の紹介

この映像を見てLaukien賞の歴史に触れ、ENCでの贈呈式での受賞者の紹介をお聴きください。Laukien賞と受賞者の紹介

Bernd Reif(ミュンヘン工科大学)

Reif博士の研究人生はドイツのフランクフルト大学で始まりました。そこで博士はChristian Griesinger氏と共同で、生体高分子や天然産物、そして金属有機分子の構造を決定する液体NMR法を開発しました。その後、博士はマサチューセッツ工科大学(MIT)のRobert Griffin氏の研究グループに参加して、完全重水素化ペプチドサンプルを使用して最初の1H検出固体実験をおこないました。ベルリンのライプニッツ分子薬理学研究所とシャリテ・ベルリン医科大学に勤めた後、博士はミュンヘン工科大学で教壇に立ち、現在も同大学の化学科で教授を務めています。


2017年ENCで講演するBernd Reif博士

Reif博士は、大量のD2Oを含有するバッファーから再結晶化によって得た完全重水素化微結晶タンパク質サンプルの検査を飛躍的に進歩させ、その結果、液体NMRに匹敵する分解能をもつ1H検出1H-15N MAS相関スペクトルを実現することになりました。1Hスピン希釈をおこなうことでタンパク質内の1H間距離の定量が容易になるとともに、1H検出も可能になり、当時利用できたMAS速度ではスペクトル線幅が拡大するという問題が解消されます。孤立スピン対が存在すれば、スピン拡散の影響を受けない動的過程の特性を明らかにすることも可能です。細菌増殖の特異性1H 標識アミノ酸前駆体を使用すれば、高い感度と分解能で側鎖陽子を検出することも可能です。

またReif博士らは、側鎖の2H核を用いて検査すれば、均一標識サンプルから高解像度2H-13C 相関スペクトルを検出したり、サンプル内の2H緩和に特有の動態情報を取得できることも証明しました。さらに、ms-us時間スケールでさまざまな力の影響を受ける残留物の1H-15N相関を見るスペクトル分析において、固体TROSY効果が有効であることも明らかにしました。こうしたことを踏まえた上で1H検出実験法が開発され、膜タンパク質バクテリオロドプシンやOmpG、さらにアミロイドβペプチドによって形成される原線維に対して適用されました。

Kurt W. Zilm(イェール大学)

Zilm博士はユタ大学で化学と化学工学を学び、故David M. Grant博士の指導の下で博士号を取得した後、エネルギー開発企業や石油化学企業からの委託研究をおこなっていました。国立標準局とカリフォルニア大学バークレー校に勤めた後、イェール大学に移ってからは、現在に至るまで優れた業績を挙げ続けています。博士はこれまでに数々の賞を受賞しており、2006年にはENC会長、2003年には磁気共鳴法GRC議長、そして2005年から現在までロッキーマウンテン会議議長を務めるなど、12年にわたってENCの実行委員会のメンバーとして磁気共鳴コミュニティーのために尽力しています。


Laukien賞の記念盾を手にしたKurt W. Zilm博士

Zilm博士はそのキャリアを通じて、NMRに関わるさまざまな手法や装置を開発し、化学界が抱える数多くの課題に取り組んできました。初期の研究では、13C MAS NMR 法を使って有機根源岩やモデル炭化水素、合成ポリマーの分析をおこなっていました。博士はMAS NMRで初のスペクトル編集法をいくつか開発しています。まだ大学院生だった頃に、アルゴンマトリックス内の分子量10Kの小分子を13C NMRで分析するために、密閉サイクルHe冷却器でサンプルを冷却するプローブを設計・製作しました。また、イェール大学在職中には77K MASプローブを開発して、担持金属触媒の表面で吸収される反応中間体や小分子に関する研究をおこなっています。博士の研究グループはNMRを利用して異常化学構造や異常化学結合の研究をおこない、遷移金属ポリヒドリドの量子力学的プロトン交換カップリングを発見して、金属二水素錯体を測定しました。

1990年代後半、Zilm博士は固体タンパク質NMR開発のパイオニア的存在で、同位体濃縮ナノ結晶サンプルや高速MAS、高磁場といった技術を使用していました。博士の研究グループはサンプル調製法に大きく貢献し、MASプローブに波長調整素管と平衡RF回路を取り入れました。Zilm博士はAnn McDermott氏やAndy Byrd氏と共同で、初期の固体タンパク質連鎖帰属に取り組みました。博士の研究グループが固体タンパク質NMRでの完全重水素化の利用に先駆的に取り組んだ結果、アミドプロトン間の距離拘束を測定したり、ペプチドとタンパク質の運動の緩和をサイト分解法で解析したり、タンパク質の高解像度アミド1H NMRスペクトルを精査することが可能になりました。研究グループは、完全重水素化逆交換タンパク質の高分解能1H検出2D NMR分析の実証にいち早く着手しました。

1H検出実験は現在、MAS周波数100kHz以上で、完全プロトン化サンプルを使用しておこなわれています。Reif博士とZilm博士の実験法は1H検出法の基本となっており、今日の超高速MASプローブ開発にとっての科学的な推進力をもたらしました。


ブルカー社CEOのFrank Laukien(中央)と、Bernd Reif(左)、Kurt Zilm(右)の両氏

Laukien賞とブルカー・バイオスピン社の研究支援活動

ブルカー・バイオスピン社は研究団体としてのENCの重要な価値を認識しています。Zilm博士とReif博士の両名は、固体NMR法の発展促進と、その技術の生体分子分野への応用に対する独自の視点の確立において重要な役割を担ってきました。両博士の革新的な研究にブルカー・バイオスピン社に留まらず多くの研究者が刺激を受けて、111kHzというMAS速度を達成しました。そのおかげで、以前は把握できなかった生体分子系の構造や動態についても知識体系を一層拡大してくれるような分析法や分析装置を今日の研究者たちは利用できるようになりました。この分野はいまなお急速に進歩し続けており、ブルカー・バイオスピン社は研究者たちと密接に協力して、「科学の力で生活を向上させる」という目標の実現に邁進しています。

Laukien賞授賞式の写真をご覧ください