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NMR技術情報

NMR 101

分子の同定・特性評価・定量

豊富な情報をもたらす非破壊分析ツールである核磁気共鳴(NMR)分光法は、特定の原子核がもつ固有の磁性を利用して、固体や液体のサンプルに含まれている分子の構造や同一性、濃度、挙動を明らかにします。さまざまな研究分野における研究施設や品質保証施設では、次のような作業でNMRが重要な役割を担っています。

  • 分子構造の特定
  • 混合物組成の測定
  • 分子の動態と相互作用の調査
  • 既知/未知の化学成分の定量

確立された数々の分析手法により、NMRは以前に比べて利用しやすくなったことに加えて、小分子から数百単位のRNAヌクレオチドまで多様な標的を観察できるだけの柔軟性も備えています。近年の技術やソフトウェアの進歩によって、NMRは小型化が進むとともに取り扱いも容易になったため、大抵の分析施設で利用できるようになった上、豊富なオプションによって対象を絞り込んだ研究面での応用にも対応できるようになりました。NMR分光計は、コスト重視の卓上システムから、高磁場磁石を用いて感度と分解能を最大限に高めた高性能の研究用まで幅広い製品構成となっています。
NMRの長所

NMRは次のような独自の分析能力を備えています。

  • 自然環境で無傷分子の振動から豊富な構造情報を取得
  • 結晶化などの操作が不要なので、他の分析法では扱えない化学種の構造決定が可能
  • 複雑な母材であっても、サンプルの前処理や分離は最小限で十分
  • 確立されたNMRスペクトルのライブラリーとの比較で分子を同定
  • 既知/未知の分子の同定と定量を同時に実行
  • データの取得と解析が自動化されているので、作業が簡単かつ高速
  • 固体あるいは液体の状態で分子動態を非破壊的に観察でき、サンプルを傷つけることなく追加分析が可能

NMRのメカニズム

NMRは、特定の原子核が特定周波数で電磁エネルギーを吸収・放出するという特性を利用した技術です。対象となる同位体の通常応答周波数の変化を観察すれば、近接電子や磁性核が及ぼす影響などの同位体周辺環境に関する情報が得られるので、分子の同一性や配列などを推測することが可能になります。

作業工程について詳しく見ていきましょう。

サンプル前処理

分析をおこなう前に、サンプル(通常は溶媒中に溶解している液体または固体)の脱気をおこない、含有粒子を除去します。

NMR sample vials. (<a href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NMR_tubes.jpg">Image by Edgar181 at English Wikipedia [Public domain], via Wikimedia Commons</a>.)
NMRサンプル用バイアル (写真: Edgar181、英語版ウィキペディア[パブリックドメイン]、ウィキメディア・コモンズより) .)

サンプル投入

NMR分光計の心臓部にある強力磁石内に位置する電子コイル(共鳴器)に、サンプルを入れた薄肉ガラスバイアルをセットします。すると、磁力の影響を受けやすいサンプル内の原子核が分光器の強力磁石の影響で磁場配向し、静止配列で安定します。

NMRは、1Hや13Cのように陽子や中性子の数が奇数の原子核に特異的に作用します。作用を受けた原子核は固有の磁気モーメントと角運動量をもち、その2つが「スピン」という性質を原子核にもたらします。強力な磁石であれば、原子核のスピンを磁場配向させることが可能です。

データ取得

共鳴器コイルは、適切な周波数で高周波パルスを1回または複数回放出して特定の原子核に摂動を加えた後、自由誘導減衰(FID)という過程で原子核が「緩和状態」を取り戻して安定した配列になる際に放出されるエネルギーを検出します。通常、FID信号は背景ノイズに比べて非常に弱いため、複数回取得して平均値を求めるのが一般的です。そのようにして検出された信号はフーリエ変換法でNMRスペクトルに変換されて、それをもとに分析対象の原子核が応答した周波数が示されます。

Schematic of the raw signal from an NMR free-induction decay. (<a href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nmr_fid_good_shim_EN.svg">By Nmr_fid_good_shim.svg: GyroMagician derivative work: Imalipusram </a>(This file was derived from Nmr fid good shim.svg:) [<a href="http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)">CC BY-SA 3.0 </a>or <a href="http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html">GFDL</a>], via Wikimedia Commons.)
NMR自由誘導減衰によって発生する未加工信号を表した略図 (Nmr_fid_good_shim.svg: GyroMagicianの二次著作物:Imalipusram (このファイルはNmr fid good shim.svgから派生したものです) [CC BY-SA 3.0 またはGFDL]、ウィキメディア・コモンズより)
データ解釈

対象となる同位体において応答周波数の特徴的な差から、近接電子が及ぼす電磁力の影響(化学シフト)がわかります。グラフのピークが複数の小さな山に分かれていることから、近接原子核が及ぼす電磁力の影響(「スピン結合」)が読み取れます。下図では、炭素(上)または水素(下)の原子核に基づくエタノールのNMRスペクトルを用いて、それぞれの影響を示しています。

13C NMR spectrum for ethanol, showing chemical shift (PPM) of carbon nuclei. (<a href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:13C_NMR_ethanol.GIF">Image by Chris Evans </a>[<a href="https://creativecommons.org/publicdomain/zero/1.0/deed.en">CC0</a>], via Wikimedia Commons.)
エタノールの13C NMRスペクトル。炭素原子核の化学シフト(PPM)が確認できる。(画像/Chris Evans [CC0] [CC0]、ウィキメディア・コモンズより)

1H NMR spectrum for ethanol, showing spin coupling (green H signal split into sub-peaks). (<a href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1H_NMR_Ethanol_Coupling_shown.GIF">Image by T.vanschaik </a>(Own work) [<a href="http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html">GFDL</a> or <a href="http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0">CC BY-SA 3.0</a>], via Wikimedia Commons.)
エタノールの1H NMRスペクトル。スピン結合が確認できる(緑色の水素信号のピークが複数に分かれている)。(画像/T.vanschaik〔自作〕[GFDLまたはCC BY-SA 3.0]、ウィキメディア・コモンズより)
調整を施した高周波パルスを連続放射してサンプルの詳細な情報を引き出し、場合によっては、複数の原子核を精査します。先進的なソフトウェアによって、解析や解釈の作業が簡略化され、データの取得、解析、報告の多くの部分が自動化されています。

NMRの応用例

NMR分光計の応用範囲は、化学、環境、石油化学、薬学、食品飲料といったさまざまな産業の研究開発と品質管理に及びます。NMRは、生物医学、プロテオミクス、メタボロミクスなどの領域において不可欠な研究上・臨床上のニーズを満たします。

次の参考資料をご覧いただけば、各研究領域でのNMRの役割が詳しくわかります。