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応用例

NMRを用いたメタボロミクス研究で明らかになった致死量未満の油汚染の影響

「…致死量未満の油への曝露が、鵜(ウ)の血漿と肝臓のメタボロームにおける複数の代謝経路を変化させ、阻害する」

メタボロミクスでは生体の細胞内に存在する全ての代謝物を同時に分析します。強力な強磁場核磁気共鳴(NMR)技術の開発によって可能になったメタボロミクスは、今では様々な分野で広く応用される研究ツールとなっています。分析では代謝物に固有の化学的特徴(フィンガープリント)を読み取ることができ、それらは外的条件に対する反応の評価に利用できます。生体系の代謝と代謝経路に生じる変化は表現型(フェノタイプ)と密接に結びついているため、変化を観察することで、生理学的状態に関する基本的な機能情報を得ることができます。

2010年4月のメキシコ湾岸で発生したディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon, DWH)原油流出事故は、世界最大規模の沖合での油流出事故で、流出面積は112,100 km2に及びました。この事故で失われた人命と経済・環境への影響は、過去に例のないものでした。数ヵ月続いた流出により、米国ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの各州とフロリダ州西部の2,100 kmにわたる海岸には、繰り返し、致死量未満の油が漂着しました。

この油は化学組成の点で、他の油よりも生分解されやすく毒性が低かったため、野生生物への被害は比較的小さく抑えられたと言われています。しかし、油を浴びた鳥類には、血液学的な数値の変化や心臓を含む多臓器への影響、羽毛の損傷、熱損失とエネルギー要求量の増大などが見られたことが、様々な研究で示されています。

ごく最近になって、致死量未満のDWHの流出原油への体外曝露の影響をミミヒメウにおいて評価する、メタボロミクス研究が行われました。この研究では、ある体外油曝露試験から入手した血漿および肝臓の試料を、一次元プロトン核磁気共鳴(1D 1H NMR)法を用いて分析し、油に曝露されない対照群の鵜と比較しました。血漿試料と肝組織試料では、エネルギー、脂肪酸、アミノ酸、ヌクレオシドの代謝で見られる計49種の代謝物について評価しました。

血漿試料のメタボロミクス分析によると、油に繰り返し曝露された鵜の代謝プロファイルにはマイナスの影響が顕著に確認されました。血漿中メチオニン濃度などの一部パラメータにおける変化は、わずか2回(累積量26 g)の体外曝露後に生じていました。エネルギー代謝の代謝物、および脂肪酸・アミノ酸代謝経路に顕著な変動が見られたほか、one-carbon metabolismに必須の数種類の代謝物にも変化が認められました。ケトン体産生の明らかな増加は、利用可能な炭素資源が十分あるにも関わらず、鳥は脂質を代替エネルギー源として利用していることを示唆していました。肝内胆汁酸の代謝にも影響がありました。数種類の肝臓代謝物の変化から、油曝露を受けた鳥ではミトコンドリアエネルギー代謝が障害されたと考えられました。

著者らは、DWHの流出事故で流出した致死量未満の油に繰り返し曝露された鵜に見られた変化は、鳥類の生殖、渡り、ひいては生存に悪影響を及ぼすだろうと報告しています。

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参考文献

Dorr BS, et al. Effects of Repeated Sublethal External Exposure to Deep Water Horizon Oil on the Avian Metabolome. Scientific Reports 2019; 9:Article number 37. https://www.nature.com/articles/s41598-018-36688-3#ref-CR21