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タンパク質・核酸

低分子スリンダク硫化物とアルツハイマー病のアミロイドβ線維の相互作用の構造的メカニズム

MAS固体1H-NMRの分子モデリングによるNSAID-線維相互作用の解明

フィンランドおよび米国は、アルツハイマー病および認知症の有病率が世界最高レベルです。スリナムおよびシンガポールでは、これらの疾患はほとんど存在しません。全世界で4680万人が何らかの認知症を患っており、その大半はアルツハイマー病です。治療法は少ないながらも存在しますが、根治療法はありません。

アルツハイマー病(AD)は、脳の神経細胞を破壊する変性疾患で、もっとも一般的な認知症です。ADの診断は、罹患した本人にとってはその意味するところから、家族やパートナーにとっては将来の予兆として、双方にとって恐ろしいものです。直感的に、人々はADとそれに伴う言語能力、記憶能力および思考能力(人間のアイデンティティおよび他者との結びつきに非常に重要な能力)の低下を懸念します。早期発症型ADは30~60歳の成人が罹患し、通常は遺伝子突然変異によって生じます。しかし、AD患者の大半は60歳以上であり、本人が気づかないうちに数十年にわたって徐々に脳機能が低下していきます。細胞死が長年続くと、その能力の低下とともに脳が萎縮します。

プラークと線維のもつれ、凝集および線維束

ADでは、2つの主要プロセスによって損傷が生じます。 βアミロイドまたはアミロイドβペプチドと呼ばれるタンパク質片が集合して、様々な長さのアミロイドβ線維を形成します。線維がある程度の長さになると融合し、可溶性オリゴマーまたはプラークを形成して脳の神経細胞間に沈着し、正常な細胞間コミュニケーションを妨げます。細胞のゴミを取り除く役割を果たす免疫細胞が機能し始めます。しかし、その際に免疫細胞が損傷の原因となる炎症反応を誘発します。アミロイドβは、精神機能低下に寄与する唯一のタンパク質ではありません。タウタンパク質が線維束を形成し、これが神経原線維変化(もつれ)を生じます。この線維のもつれは、食品分子や細胞成分などの重要な物質を輸送するための重要な経路を妨げます。タウタンパク質が悪質になると、重要な経路が破壊されます。

これらのアミロイドβ線維プラークおよびタウタンパク質のもつれは、ADを決定付ける神経損傷ならびに思考、学習、記憶および計画の能力低下の最大の元凶です。 ADに影響を及ぼす他の要因も存在すると考えられ、多くの研究のテーマとなっています。

低分子と線維の相互作用のメカニズム

研究者は、低分子がADのアミロイドβ線維の可溶性を妨げる可能性があることは以前から知っていました。しかし、この妨害のメカニズムを解明した研究者はいません。 線維は炎症の抑制に関与する化学物質と同じ領域に認められる場合が多いので、研究者はADにおける炎症の役割の検討を開始しました。疫学研究によって抗炎症薬とADの間の関連性が明らかになりました。

カナダ、ドイツおよびスペインの専門家で構成される研究チームは、低分子であるスリンダク硫化物がADに特有のアミロイドβ線維とどのように相互作用するかを検討しました。スリンダク硫化物は、疼痛および腫脹の緩和のために処方される多数の非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)のうちの1つです。スリンダク硫化物とアミロイドβ線維の間の相互作用の機構を解明するために、研究者はマジック角回転(MAS)固体1H-NMRを用いた分子モデリングを実施しました。

その結果は以下の論文に発表されています: Prade, Elke, et al. “Structural Mechanism of the Interaction of Alzheimer Disease Aβ Fibrils with the Non-steroidal Anti-inflammatory Drug (NSAID) Sulindac Sulfide.” Journal of Biological Chemistry 290.48 (2015): 28737-28745.

固体1H-NMRによる結合部位の特定

これまでに、固体NMRはADに関連する一部の粒子および分子の研究に用いられてきました。しかし、重要なオリゴマー中間体および不溶性線維は溶液NMRでは検出できません。線の距離が広すぎます。そのため、研究チームはアミロイドβ線維と低分子の間の原子レベルの相互作用を解明できる固体NMRを使用することにしました。実験のために研究チームは、特殊な三重共鳴プローブを装備し、750 MHzで動作するブルカーAvance IIIナローボア分光計を選択しました。

NMRデータに基づいて、研究チームはフレキシブルドッキング法を用い、スリンダク硫化物とアミロイドβ線維がどのように相互作用するかを評価するモデルを構築しました。 研究チームは、スリンダク硫化物自体が線維の構造を変化させるかどうかの解明を目指しました。対照線維およびスリンダク硫化物とともに培養した線維の評価を行い、研究チームはスリンダク硫化物の存在下で線維が著しい構造変化を生じないことを解明しました。また、彼らは重要な塩橋にも変化がないことを明らかにしました。しかし、特定の位置で構造変化を表す化学シフトが確認されました。詳細な解析後、研究チームはこれらの位置が疎水性空洞であることを特定し、それらがスリンダク硫化物分子を収容するために十分な大きさであることを計算で測定しました。研究チームは、アミロイドβ線維ペプチドの2本のβ鎖の間に位置するこれらの疎水性空洞に、スリンダク硫化物が結合すると結論付けました。この特異的結合部位は、M35酸化に関連する残基G33と呼ばれるアミノ酸付近にあります。著者は、スリンダク硫化物がG33付近の疎水性空洞に結合すると、アミロイドβペプチドの酸化を停止させる可能性があるという見解を示しています。

この論文によれば、「アミロイドβ線維の化学シフトに対するスリンダク硫化物の影響は(中略)ランダムではなく特異的な相互作用を表しています」。共鳴結果は、「線維内の各ペプチドが1つ以上のNSAID分子と特異的に相互作用することを示しています」。

低分子がアミロイドβとどのようにどこで相互作用するかについて理解を深めることは、アルツハイマー病および関連疾患の理解に重要と考えられます。NSAIDスリンダク硫化物がADに関連する線維を破壊する特異的な構造的メカニズムの解明と結合の位置の特定によって、研究チームは、アルツハイマー病の予防および治療を目的とした、構造ベース創薬のための重要な情報および新規ターゲットを明らかにしました。ADおよび人生を奪い取る類似疾患の原因およびメカニズムの研究によって、患者本人と家族やパートナーは、アルツハイマー病の予防、治療、ことによれば根治のための選択肢をいつか手にすることができると考えられます。

詳細について

Gomes, Barbara, et al. “The Potential Effect of Fluorinated Compounds in the Treatment of Alzheimer’s Disease.” Current pharmaceutical design21.39 (2015): 5725-5735.

Prade, Elke, et al. “Sulindac Sulfide induces the formation of large Oligomeric Aggregates of the Alzheimer’s Disease Amyloid-β Peptide which exhibit reduced Neurotoxicity.” Biochemistry 55.12 (2016): 1839-1849.

Alzheimer’s Association Brain Tour: Brain Basics and Alzheimer’s Disease

https://www.alz.org/braintour/3_main_parts.asp

World Alzheimer Report 2015: The Global Impact of Dementia by Alzheimer’s Disease International (ADI), a worldwide federation of Alzheimer associations

http://www.worldalzreport2015.org/downloads/world-alzheimer-report-2015.pdf