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NMR技術情報

二磁場NMR分光計がもたらす2つの利点

フランスのパリにある高等師範学校の研究者らが新型の二磁場NMR分光計を開発しています。

これまでは、核磁気共鳴(NMR)分光法で用いられる磁場強度の継続的向上こそが技術の進歩だとされてきました。その結果、研究者が利用できる分解能と感度が飛躍的に向上しました。実際、1GHzの磁石を搭載した超高磁場NMR分光計の運用をすでに開始している研究施設もいくつかあります。

しかし、磁場強度が増大するのにともなって、NMRスペクトルの線幅が極度に拡大する可能性も大きくなります。このような影響は、化学シフト異方性(CSA)による化学交換や化学緩和が原因で発生します。

これらのうち、化学交換は生体高分子でよく見られます。これは、一つの生体分子が複数の立体配座に存在できる場合や他の分子と相互作用する場合に起こる現象で、時間の経過とともに分子が複数の立体配座間を移動します。

生体分子の立体配座が切り替わる速度がNMR測定の速度よりも遅い場合、グラフのピークが複数に分かれて、測定中に分子がそれぞれの状態にあったことが示されます。しかし、化学交換の速度が増すと、NMR測定中に個々の分子の立体配座が切り替わり、グラフのピークには分子がそれぞれの立体配座を占めていた時間が反映されるようになります。その結果、グラフのピークの幅が広がることになります。化学交換の速度や立体配座の特性によっては、平均的な立体配座を示す単一のピークが表れる場合もあるし、検出できないくらいピークがなだらかになる場合もあります。

化学シフト異方性(CSA)は、核の化学シフトが磁場と関連する核配向に依存していることに起因しています。分子運動が原因でCSAに揺らぎが生じると化学緩和が発生し、その結果としてスペクトルの線幅が拡大します。高分子の場合、CSAに起因する線幅拡大は磁場強度の2乗に比例して増大します。そのため、一部の核については高磁場分光計が向いていないともいえます。例えば、カルボニル基の13Cの核はCSAが原因で高磁場では急速な化学緩和が発生します。

化学交換とCSAのいずれの問題も、高磁場においてその影響が大きくなります。そのため研究者は通常、ある核に対しては高磁場強度によって固有信号の強度と分解能を高める一方で、それ以外の核に対しては磁場強度を下げて適度な線幅と緩和速度にするといった選択をしなければなりませんでした。

この厄介な問題に対処するため、ある研究者チームが600MHz(14.1T)NMR分光計に改良を加えて、1回の測定で複数の磁場を設定できるようにしました。

その後この研究者チームは、2つの磁気中心をもつ二磁場NMR分光計を考案しました。それを実現するために、研究者チームは14.1T超電導磁石の漂遊磁界に0.33Tでプラトー磁界を発生させるシムシステムを採用し、さらに低磁場三重共鳴プローブを組み合わせました。このシステムでは、空気圧システムを通じて100ミリ秒以下でサンプルが2つの強度の磁場を行き来するようになっています。
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研究者たちは、低磁場でのゼロ量子13C–1H コヒーレンスと高磁場での単一量子1H コヒーレンスの相関関係を利用した、二磁場異核ゼロ量子相関(2F-HZQC)と呼ぶ方法を用いました。単一量子コヒーレンスの線幅は磁界全体の均一性に正比例することから、この方法は磁場の不均一性が線幅拡大に及ぼす影響を最小限に抑えることを意図しています。

パリの高等師範学校のFabien Ferrage氏が率いる研究者チームは、この方法を用いれば、高磁場にともなう高レベルの感度と分解能を維持しつつ、化学交換の影響で低磁場において見られる線幅拡大を大幅に低減できることを発見しました。

その応用例を一つ挙げると、置換メチル基2つと非置換メチル基1つを含んでいるトリアゼンという化合物の研究があります。その研究では、14.1T環境において温度を上昇させる、つまり置換速度を高めると、2つの置換メチル基の共鳴幅が広がって検出不能になることがわかりました。その一方、非置換メチル基の共鳴ピークは31℃の時に1000倍以上上昇しました。

チームは二磁場相関を利用した実験を繰り返しおこないました。そして、温度を21℃から26℃、そして31℃まで上げたときに、置換エチル基の信号が簡単に確認できるようになり、ほとんど影響を受けなくなりました。

Ferrage氏らは、この方法であれば高磁場NMRの利点だけでなく低磁場の有利な特性を生かして、CSAによる制約を克服することが可能だろうと述べています。例えば、磁場を2Tから5Tの間に設定すれば、タンパク質に含まれるカルボニル基の13C Ferrage氏らは、この方法であれば高磁場NMRの利点だけでなく低磁場の有利な特性を生かして、CSAによる制約を克服することが可能だろうと述べています。例えば、磁場を2Tから5Tの間に設定すれば、タンパク質に含まれるカルボニル基の15Nや13C、31P などは最適な磁場において操作可能で、それ以外の1Hやスピン状態にない13Cなどについては高磁場において検出することができ、最良の分解能と感度での測定が可能だということです。

さらに、低磁場の磁気中心が0.5Tを下回っていれば、ほとんどの高磁場NMRシステムが二磁場分光計に転換可能だとしています。

Angewandte Chemie誌国際版の実験結果報告で、研究チームはこう結論づけています。「今回の研究は、次世代の多磁場NMR実験の幕開けとなり、多種多様なシステムの特徴づけに道を開くものです。」

参考資料